神戸地方裁判所 昭和46年(む)48号 決定 1971年2月10日
被疑者 松井邦尋
決 定
(被疑者氏名略)
右の者に対する窃盗被疑事件について、昭和四六年二月六日神戸地方裁判所裁判官小川良昭がした勾留請求却下の裁判に対し、同日神戸区検察庁検察官飯島忠夫から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原裁判を取消す。
理由
一、本件申立の趣旨および理由は、検察官作成の準抗告「及び裁判の執行停止」申立書(甲)と題する書面記載のとおりであるから、ここにこれを引用するが、これを要するに本件被疑者の逮捕が警察法六一条一項の場合に該当せず、同法六四条に違反した違法なものであり、従つてこれに続く本件勾留請求も違法となるとしてこれを却下した原裁判は不当であり、取り消されるべきであるというにある。
二、一件記録によれば、被疑者は、長谷川忠と共謀のうえ、昭和四六年一月一九日午前一時ごろ、千葉市今井一の一九の一四ゆたかストアー内において、同所会社取締役田中豊所有にかかるカメラ一一台現金三、五〇〇円(合計四八万三、五〇〇円相当)を窃取したという被疑事実につき、同年二月一日兵庫県東灘警察署司法警察員の請求により神戸地方裁判所裁判官の発付した逮捕状に基き同月四日午前零時一〇分千葉市内の被疑者の住居地付近路上で同警察署から指名手配を受けていた千葉中央警察署司法警察職員により、被疑事実の要旨および逮捕状が発せられている旨を告げられて逮捕され、同日午後三時五〇分兵庫県東灘警察署に護送されて同署司法警察員に引致され、同署において逮捕状の事後呈示をうけたこと、同月五日右被疑事件の送致を受けた神戸区検察庁検察官から神戸地方裁判所の裁判官に対して被疑者の勾留請求がなされたところ、同裁判官は同月六日被疑者に対する本件逮捕は兵庫県警察の警察官が警察法六一条一項に規定する公安の維持に関聯する必要限度をこえて管轄区間外に職権を及ぼした場合であつて同法六四条に違反するから、このような違法な逮捕を前提とする勾留請求は違法であるという理由で本件勾留請求を却下したことが認められる。
三、そこで本件被疑者の逮捕が違法なものであるか否かについて判断するに、警察法六四条は「都道府県警察の警察官は、この法律に特別の定がある場合を除く外、当該都道府県警察の管轄区域内において職権を行うものとする」と規定し、同法六一条一項は「都道府県警察は、その管轄区域内における犯罪の鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕その他公安の維持に関連して必要がある限度においては、その管轄区域外にも、権限を及ぼすことができる」と規定している。そして、右条項にいう「公安の維持」というのは同法二条一項にいう「公共の安全と秩序の維持」と同じであると解され、同法六一条一項にいう「犯罪の鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕」というのは「公安の維持」の例示にすぎないと解すべきであるから結局都道府県警察はその管轄区域内における公安の維持に関連し必要がある限度において管轄区域外における権限行使ができると解される。そして、管轄区域内における公安の維持に関連して必要があるというのは、管轄区域内における公安の維持の活動がその対象となる人、物、又は事件を通じて管轄区域外の人、物または事件と直接関連を有するため、管轄区域外で職権を行使する必要がある場合をいうのである。
したがつて、本件のように管轄区域外で発生した窃盗犯罪であつても、管轄区域内でその犯人が処分したとみられる賍物が発見された場合には、右犯罪について犯人を確定し、証拠を収集する捜査をし、すすんでその被疑者を逮捕することは管轄区域内の公安の維持に関連して必要な限度と考えられるから、管轄区域外にも権限を及ぼし得る場合であるというべきである。そして、本件については前記発見された賍物を処分した長谷川忠が窃盗犯人として既に兵庫県葺合警察署代用監獄に勾留され、被疑者はその共犯者として逮捕されたものであると認められるから、被疑者の本件逮捕が兵庫県警察の警察官によつてその管轄区域外に権限を及ぼした場合であるからといつてもなんら違法とすべき理由はない。なるほど、原裁判がいうように、本件は犯罪地も共犯者も含めて被疑者や被害者の住居も明らかに千葉市内であつて、兵庫県警察の管轄区域内では、賍物の一部であるカメラ二台が発見されただけであるから、捜査能率や捜査終了後の裁判所の管轄、審判の便宜等の事情ことに本件被疑者が住居地から遠隔の神戸市において逮捕勾留されることによる不利益の点などを考えると、千葉県警察が主体となつて捜査すべき事件ではないかとみられるが、これは本件の管轄区域外の権限行使が妥当かどうかの問題であつて、その妥当性を著しく欠いたものとはみられないから、適法性の限界をこえたものとはみられないのである。されば、本件逮捕は違法であるという原裁判は理由がないし、その他違法と目すべき点は見出せない。
そして一件記録によれば、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることは明らかであり、しかも本件犯行の態様と被疑者の前科前歴等記録に明らかな事情に照らし、被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由もあり、勾留の要件や必要性に欠けるところはないというべきである。
したがつて本件勾留請求は、これを認容すべきものであるのに、これを却下した原裁判は失当であるから、取消を免れない。従つて本件準抗告の申立は理由があることになるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により原裁判を取消すこととし、主文のとおり決定する。